東大院卒でも雇用不安、低収入の訳
きょうは何の日か? 2・26事件が起きた日です。当時の僕は5才だったから知るよしもないが本なんかで或る程度のことは知っている。陸軍の部隊が反乱し決起した日である。若い諸君はこんなことは全く知らないかもしれないが僕たち戦前派の世代は関心があるのです。
5時28分の気温は6.5度で湿度は63%でした。1時間後の6時28分では5.5度になった。ラジオ体操はN県議など25名が参加していた。ラジオから音羽ゆりかご会の「ちんから峠」や宇多田ヒカルのCan You Keep A Secret? (キャンユーキープ ア シークレット)という曲が流れていた。
「東大院卒で雇用不安、低収入の訳」をテレビがやっていた。国策で貧乏博士が急増している。大学院卒なのに年収130万円という。大学で非常勤講師を務める南雲和夫さん(43才)は年越し派遣村は自分もいつもそうなってもおかしくなかったと言っていた。
南雲さんは実家がなんらかの事情でなくなっている。住めなくなっている。そういう状況だから自分も野外生活していたかもしれない。
大学院のマスターを出て経済学のマスターの学位を持っているからといって社会的にそれが通用したっていうことはなかった。非常勤講師には研究費はない。
もう一つの学校ではお蕎麦を食べています。唯一の週1回のぜいたくです。自分の専門だけしかやっていけないわけではない。割と多方面で業績をあげてきた。現在の職は1年契約という。
母ミユさん(71才)は昔私たちくらいの人が若かったらそれこそ上にまつられるような感じだったんだけど現在は厚生年金に入ることも認められていないと不満を述べておられた。
「現実に学生が聞きにきて質問したり、自分が非常勤講師だからって言い訳できませんよね。それであればそれなりの責任と重さにふさわしい待遇、報酬をきちんと保障するのが教育機関に携わる人間の責任としてやることではないか」と言う。
博士過程修了者の約4割は就職できていない。筑波大学大学院修士課程終了し東京大学大学院で博士号取得したという、国策で博士になったのに雇用不安の東京理科大学で研究員を務める高橋真哉さん(35)はうぬぼれているって言われるかもしれないけど東大大学院で博士課程まで出た人間がこういう状況っていうのはちょっとおかしいと言う。
問題はその後の職、ポスドク(ポストドクターの略称で博士課程を修了、大学や研究機関に任期つきで雇用された人たち)のあとが用意されていなかったことの1点につきますと言う。
博士課程修了者数は1991年6.201人だったが2008年では16.281人と約1万人増になった。そして助手、助教授(准教授)のポストは約5000人分しか増えなかった。
東京理科大学で研究員を勤める高橋真哉さん(35)は35才くらいまでの人を募集するということが非常に多い。名前のある大学ですからそこで博士課程に進めるっていうこと自体が自分にとっては栄誉なことでしたと言う。
文部科学省大学振興課の橋本博司課長は専門能力については非常に高い評価があるのですがコミュニケーション能力とか業務遂行能力とかチームワークとか社会人、職業人としての能力に課題を求める声があります。
教育機関として目的と同時に終了したらどういう能力が身につくかを明確にし、そのためのカリキュラを開発する。全国に流通させる取り組みを考えないといけないという。
文部科学省が大学などに委託し若手研究員などを海外での研究開発のため海外企業と国内企業に共同で研究開発する。現在10大学で実施し1大学8000万円(上限)で委託している。
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