加藤登紀子が東大の街を歩く
5時39分の気温は3度で湿度は63%でした。そして6時26分では気温1.9度まで下がった。ラジオからタンポポ児童合唱団の「春の小川」の曲が流れていた。ラジオ体操は24名が参加しました。
おもいッきりイイTVで「おときさん」の加藤登紀子が東大の街、駒場1万歩の旅をした。学生時代の想い出の街である。僕も駒場へ何度か行ったことがあり、大変に懐かしかった。
加藤登紀子は懐かしの母校、目黒区大橋の都立駒場高校を訪れた。第三高女で女子の名門だった。吉永小百合も同窓生の一人。放送部で活動していた。この日、彼女は懐かしい放送部室から音楽を流した。
1962年(昭和37年)東京大学教養学部へ入学。現役東大生歌手だった。東大紛争で運命の人、反帝全学連委員長の藤本敏夫氏と知り合った。おときさんは満州生まれの京都育ち。藤本氏は同志社大学を中退している。
87年、歌手活動20年を迎えた加藤登紀子は、夫、藤本氏の活動拠点・鴨川で結婚式をあげる。結婚するまで、またそれ以降もけっして平坦ではなかった。
藤本氏は2002年7月31日、肺炎で58歳で亡くなった。おときさんは亡き夫への想いを語った。そして愛する人に捧げた著書「青い月のバラード」を出版した。私はおときさんの「百万本のバラ」や」「知床旅情」などおときさんの歌が好きです。
言うまでもなく、誰にとっても人生っつうのはキビしいもの。悲哀/絶望/虚無の連続である。本当に大変だ。しかし、そうとばかりも言ってらんない。せっかくこの世に生を受けたのだから、やっぱ熱く生きたい。
渋谷区大山町の東京ジャーミイを訪れた。ジャーミイというのは「集会」という意味です。遠くから見える尖塔に興味を持って、礼拝堂の中に入っていた。ここはイスラーム寺院でした。
学生時代の5年間を過ごした、
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