想い出の散歩道

好きな散歩道では大阪府吹田市にいたとき僕は円山町にいたから関西大学までの桜並木をよく散歩した。あのあたり今はどうなっているかわからないが車も通らず下り坂だったが帰りは坂を上るのも若かったからあまり苦にならなかった。関大のキャンパスをぶらついて帰ってくるとちょうどいい散歩コースだった。

僕が兵庫県西宮市甲東園の住人のころは直木賞作家の藤本義一さん宅前を通って関西学院大学のキャンパスや甲山までよく散歩していた。関学の中には浅い川も流れていた。関学から門戸厄神、神戸女学院大前までの散歩も楽しみコースだった。

東京練馬区にいたころは豊玉北の環七通りや目白通りに近いところに住んでいたから武蔵大学から江古田の武蔵野音大のあたりまではよく散歩した。そのころ江古田には日大芸術学部もあって学生の多い街でした。江古田に歌手の三波春夫さんの豪邸があり、その前を歩いたこともあった。

東京都目黒区碑文谷にいたころは柿の木坂から都立大学駅~自由が丘まで足を伸ばしたり、王貞治氏や原辰徳監督の自宅近くまで散歩したこともある。当時は駒沢オリンピック公園でラジオ体操をしていた。中目黒のほうにも歩いたし、碑文谷のサルジオ教会から円融寺まではよく歩いたものです。

横浜市港北区に住んでいたころは東急東横線の日吉駅から慶大理工学部キャンパスや反対側の慶大野球部のグランド裏にある緑道をよく散策したものです。当時、慶大生・高橋由伸くんの練習風景が見られた。あの緑道には色とりどりの植物が植えてあって歩きながら観察するのが楽しみだった。

墨田区の両国にいたときは京葉道路を歩いて錦糸町や亀戸へ。さらに両国橋を渡って浅草方面へと歩いたり隅田公園を散策したりした。江東区千石町に移ると僕は四ツ目通りを抜けて木場公園を散歩したり横十間川親水公園を散歩することが多かった。

最近は四日市の南部丘陵公園は毎朝、ラジオ体操にでかける。体操の前後に公園を散歩するのが日課になった。丘陵公園からの眺めは西に鈴鹿山脈の山々が東は伊勢湾やセントレア空港がよく見えるのです。冬の夜景が素晴らしい。(写真は南部丘陵公園北部ゾーン)

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僕の散歩道、ナンキュウ公園

5時34分の気温は10.9度、湿度93%でした。ラジオ体操はN県議など43名が集まってきた。僕は最近、ちょっと明るくなってから歩くことにした。今朝はでっかい満月が西の空に輝いていた。そのために南部丘陵公園は明るく、もうこの時間帯になると散歩人がいる。たいていは年寄りですが犬づれの若い女性もいる。ラジオから芹洋子の「里の秋」や竹内まりやの「元気を出して」の曲が流れていた。7時に帰宅すると万歩計は1万歩ジャストだった。

南部丘陵公園は秋から冬の夜景が素敵です。僕はこの公園を省略してナンキュウ(南丘)と呼ぶようになった。南丘は南部ゾーンと北部ゾーンとに県道44号線で南北に区切られている。僕はめったに南へは行かない。ここでは北のほうが広くて散歩人も多いのです。キタとかミナミとか言いますと北朝鮮と韓国のようですが僕たちがラジオ体操をしている所は韓国のソウルのようなもので公園のど真ん中、ここから下り坂になって44号線です。

僕たちが毎朝6時半からラジオ体操する広場の隣が無人の特別気象観測所です。時間、気温、湿度、風速などがわかる気象電子掲示板がある。これを見に立ち寄る散歩人も多い。雄、雌2匹のライオンズ像の広場がある。この広場周辺一帯が南丘ラジオ体操会場です。つい先日この近くにある桜の木で若い女性が首吊り自殺しました。しばらく広場に近寄るのが怖かったが、ここは照明が明るく6時になれば行き来する人もいます。

南丘の夜景が楽しめるのは、秋も深まった今ごろから冬場です。東屋の所から75段の階段を登ると、ここから東方に見る四日市コンビナートの夜景は素晴らしい。さらに階段を下りて東屋から少し北東に歩くと、ここからもコンビナートや中部セントレア空港の夜景が楽しめる。近くに市民壇がある。市の中心部、諏訪公園にあった市民壇が平成7年にここに移設されて翌年、平成8年にステ-ジが完成しました。

これから冬場はここを歩きながら一人夜景を楽しむ。飽きてくると下の修景池をぐるり回って再びこの夜景が楽しめる高台へと歩く。東京にいたころは駒沢オリンピック公園が毎朝の散歩道でした。四日市に帰ってからはずっとこの南丘が僕の散歩道になってしまった。この公園は僕が東京からこちらに住むようになってから完成した。「僕のために作ってくれたありがたいパークだ」と思って感謝している。

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