北京オリンピックで感じたこと

中国で初めて開催された第29回オリンピック北京大会は昨日の夜の閉会式で17日間の熱戦の幕を閉じた。心配されたテロもなく大気汚染や食の安全も大きな問題はなかった。昨夜の開会式はその壮大さで度肝をぬかれた。やっぱり、閉会式もすごかった。でも、「口ぱく少女」とか「CG花火」とかのおまけでまた話題を作ってくれた。金は中国が一番で日本の金メダルは9個で2ケタ、メダル数30個以上の目標にとどかなかった。

僕は中国シンクロに初のメダルをもたらした井村雅代さんというコーチをどういう人だろうと思った。58歳という若さとあの笑顔がよい。大阪市出身で中学の教師だった。その後、井村シンクロクラブを設立し78年から04年まで日本代表を指導してきた彼女はアテネ五輪後に勇退。中国から声をかけられ、悩んだ末にヘッドコーチを引き受けたという。

3位決定戦に敗れた野球の星野監督は「申し訳ない」と言った。楽天の野村監督は「仲良しグループをコーチに選んだ時点でだめと思った。投手出身の監督は視野が狭い。今年の岩瀬はオープン戦から調子が悪かった」と星野采配を痛烈に批判していた。テレビで選手の顔を見ていてもみんなしらけていた。俺は知らんわという顔をしていた。あれでは勝てんと思った。

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今朝、5時13分の気温は19.3度で湿度は90%になっていた。急に秋の気配になってきました。ラジオから押尾コータローの「オアシス」の音楽が聞こえてきた。そして沖縄民謡が流れていた。

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マラソンで見た清華大学

3時からラジオ深夜便を聴いていた。港のエトランゼ、あの娘が泣いてる波止場、君はマドロス海つばめなど懐かしい曲が聴こえていた。4時33分の気温は25.9度で湿度は77%でした。でも、ラジオ体操の時はそよ風が吹いて快適でした。50名ほど参加していた。ラジオを聴きながらいつものコースを歩いた。

町内の清掃作業に参加し9時半に終了。北京オリンピックの女子マラソンをテレビで見る。土佐礼子が途中棄権。中村友梨香は13位に終わり日本はメダルを逃した。 北京大学西門、北京大学東門、清華大学西門、清華大学東門と大学キャンパスや学生の応援風景や小雨が降っているのか傘さして応援している風景が見られた。

清華大学は中国ではトップの理工系大学で、胡 錦濤(こ きんとう)はこの大学を卒業しているとアナウンスされた。大学のキャンパスをマラソンランナーが走る。そして世界中から見られている。胡 錦濤さんの思惑だろうか。マラソン走者が大学キャンパスを走るのもいいものだ。めったに見られない風景を楽しむことができた。

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さようならトルネード

4時30分の気温は25.7度で湿度は97%でした。曇天で風速0.8mですからほぼ無風で蒸し暑い。その中をいつものコースで歩いた。ラジオから「夏の思い出」や松任谷 由実の「真夏の夜の夢」の曲が流れていた。

多くの日本選手が大リーグで活躍する先駆者的な役割を果たし、日米通算201勝を挙げた野茂英雄投手(39)が17日、現役引退を表明した。

野茂投手は今季、ロイヤルズとマイナー契約を結び、4月5日に3季ぶりにメジャーへ昇格。千日ぶりのマウンドに上がるなど3試合に登板したが、球威の衰えは目立ち、同20日に戦力外通告を受けていた。本人は現在、米国にいるという。

野茂投手は89年、新日鉄堺からドラフト1位で近鉄(現オリックス)に入団。「トルネード(竜巻)」と名付けられた独特の投球動作から繰り出される直球とフォークボールを武器に、4年連続で最多勝と奪三振王に輝くなど通算78勝46敗1セーブを挙げた。

I never used to follow American baseball, but ever since Hidio Nomo signed with the Los Angeles Dodgers, I've become the biggest fan.

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ラジオ体操

4時31分の気温は21.4で湿度93%でした。早朝から蒸し暑い。ラジオを聴きながらの散歩です。愛燦燦、月見草の歌、鳥の人、てんさくの花、などの曲が流れていた。鳥の人[フルコーラス]を無料で試聴してみた。曇天の下でラジオ体操を40名ほどの仲間とする。巡回ラジオ体操が明日の朝はお隣の鈴鹿市にやってくるらしい。鈴鹿市のどこに来るかは誰も知らなかった。雨天の時は鈴鹿市体育館にやってくるようだ。こんな話をしながら帰路につく。万歩計は14900歩になっていた。

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交流戦の優勝はどこか

4時53分の気温は22.5度で湿度は99%曇天で蒸し暑かった。雨が降らないうちにラジオ片手に歩いた。公園はN夫妻が仲良く歩いていた。気象観測所から坂を下って県道44号に沿って下っているとポン吉くんとであった。さらに県立医療センター前で例の運輸会社の奥さんから声がかかった。 「最近は公園でお見かけしませんね」「はい、今は毎朝神社からひなが地区を歩いています」と。

やはり毎朝、公園を一年中歩いていたから変に思われたのだろう。実際その通りで毎朝同じところを歩くと同じ人に出くわすから5月1日から、あえて神社以東から小学校付近までになった。今朝は「東海道名残りの一本松」に触ってみた。貫禄がある。この大きな松も風雪に耐えてマツムシからも逃れて健在だった。市のほうで管理しているようだ。

6時過ぎからとうとう雨が降り出してきた。ラジオ体操は一人、畳の上ですませた。毎日していることは継続することが秘訣と思う。軽い体操は毎朝続けたほうがよい。さて、昨夜の交流戦で日本ハムと巨人が勝ったため、敗れたソフトバンク、阪神の4チームが交流戦の勝率で並び、この4チームのすべてに優勝の可能性が残った。そして勝率が同じ場合は昨年の交流戦の順位で決まるから日本ハムが優勢になったようだ。さあどうなるか今夜の交流戦は面白い。

なぎら健壱のトーク「あの頃のフォークが聴きたい」ではシンガソングライター中沢厚子の話だった。1970年20月吉田拓郎のデビューアルバム「青春の詩」の中で“男の子女の娘”を拓郎とデュエット した話をしていた。また丸山圭子の「どうぞこのまま」をとりあげていた。

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再び東京五輪の夢

東京オリンピックがもしかしたら2016年に再び東京で開催されるのだろうか? 来年10月には最終決定される。立候補を申請した7都市中、東京を含めた4都市を立候補都市として選定した。予選を1位で通過しただけでもうれしい。

立候補都市として選定されたのは、東京(日本)、シカゴ(アメリカ)、マドリッド(スペイン)、リオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)の4都市でバグー(アゼルバイジャン)、プラハ(チェコ)、ドーハ(クエート)は選外となった。

4都市のなかでも強敵はシカゴと思う。 1964年の第18回の時は私は33才だった。でも仕事に追われていてオリンピックどころでなかった。2016年はもし生きていたら私は85才です。85才になってみなければわからないが恐らく東京まででかけるのも大変だろう。8年後はどうなっていることやら。

でも東京なら息子一家が住んでいる。なんとかなるんじやないか? また、この年に孫が順調にいけば大学生になっている。 オリンピックは子供たちに夢を与える。できれば再び東京で開催してほしいと思う。

世論は現時点で59%の支持率らしい。なぜなら施設整備に2400億円、大会運営費に3000億円、合計5400億円の巨費が必要だからだ。 でも石原都知事は強気だ。東京は選手村とメーンスタジアムが近くて警備面でも東京が一番よいのです。でも世論がソッポ向いては強気な石原都知事でも大変かと思われる。がんばってもらいたい。

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転倒の予防

5時15分の気温は4.7度で湿度は81%でした。そして6時25分では3.7度で89%に変化していた。満天の星空を見ながら公園を歩いた。ラジオ体操は40名来ていた。ラジオから川田正子と森の木児童合唱団の「汽車ぽっぽ」の童謡が流れてきた。

ラジオは転倒する人についての話だった。転ぶくらいに体が弱っていた。体の機能が衰えていたから転ぶ。転倒は「結果」であるという。加齢と病気と運動不足が転倒の原因らしい。普段からこまめに体を動かすことで転倒はある程度は予防できるそうだ。年に2回以上転ぶ人は要注意である。

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歩くことは人生の楽しみ

早朝4時51分に公園の気象台にたどりついた。気温12.9度、湿度は87%で風速1.3mでした。この時間は外灯がついていて周囲は明るかった。いつもすれ違う老女が一人で歩いていた。昨夜はラジオ深夜便の「ないとエッセイー」に日本在住のイギリス人ジャーナリスト、マイケル・ブラストウさんの話を寝ながら聞いていた。氏は「歩くことは人生の楽しみ」という。まったく同感です。今夜も、この続きを聞くのが楽しみです。

土居裕子の歌で「時計台の鐘」、DREAMS COME TRUE の「きみにしか聞こえない」という曲を聴きながら広い公園を歩いているとラジオ体操会メンバーOさん、Iさんと出会い3人で歩いた。今朝のラジオ体操参加者は45人でした。今朝は14.700歩を歩いた。歩きすぎたようです。でも歩くことが本当に楽しみだ。

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桜坂

今朝5時26分の気温は6.4度でした。手袋なしでは少し寒かった。福山雅治さん作詞作曲の「桜坂」を聴きながら広い公園を歩いていた。6時25分には気温8.1度になっていた。南丘ラジオ体操会メンバー45人とラジオ体操をした。

    君よ ずっと幸せに 風にそっと歌うよ
  愛は今も愛のままで

  揺れる木漏れ日 薫(カオ)る桜坂
  悲しみに似た 薄紅色

  君がいた 恋をしていた
  君じゃなきゃダメなのに
  ひとつになれず

  愛と知っていたのに 春はやってくるのに
  夢は今も夢のままで

  頬にくちづけ 染まる桜坂
  抱きしめたい気持ちで いっぱいだった

    この街で ずっとふたりで
  無邪気すぎた約束
  涙に変わる

  愛と知っていたのに 花はそっと咲くのに
  君は今も君のままで

  逢えないけど 季節は変わるけど
  愛(イト)しき人

  君だけが わかってくれた
  憧(アコガ)れを追いかけて 僕は生きるよ

  愛と知っていたのに 春はやってくるのに
  夢は今も夢のままで
           
  ずっと幸せに 風にそっと歌うよ
  愛は今も愛のままで

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