青森・岩木山ろくの心いやす家

4時52分の気温は氷点下0.2度、湿度は88%でした。大雪注意報が発令されていた。ラジオ体操はN県議など21名が参加していた。朝9時前から灯油が1ℓ52円で売るスーパーに並んだ。18ℓ1缶で936円は今冬では一番安いので連休もあってみんな並んでいた。

さて、青森・岩木山のふもとに山荘「森のイスキア」を開き、特製の”おむすび”で人々の心を癒やす佐藤初女さん(86)をテレビが訪ねた。僕は番組が終わってからホームページを検索してみた。

初女さんは教職を退いた後、染色工房を営みながら教え子たちの人生相談に乗ってきた。そのうわさを聞いて全国から相談者が訪れるようになり、今では年間300人もの人がやって来る。

初女さんは訪ねてきた人を、質素ながら丹念に作った家庭料理でもてなす。その1つが絶妙なおむすびである。初女さんは「おいしいものを食べれば心は自然に開き、気持ちが和む」と語る。津軽の里山で、森の四季・恵みを食べる。 初女さんと人々の交流を見詰める番組だった。

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ものにはまってしまう

5時25分の気温は5.5度だった。ラジオから東京放送児童合唱団の「冬景色」やCHEMISTRYの「恋する雪愛する空」という音楽が聞えていた。ラジオ体操は薄暗いのに36名も集まった。朝食までに1万2千歩を歩いた。

さて、人間たれでも何かにはまってしまうものです。ケータイにはまってしまう人は片ときもケータイを手放せない。男はギャンブルにはまることが多い。今朝はテレビで「布を集めるのがやめられない」女性の話題だった。レースやビーズやゲームセンターでUFOキャッチャーで獲得することにはまっている女性のことだった。香辛料が手放せない主婦もいた。

欲しいモノを買うことで安心できるらしい。貯金はできなくても買ってしまう。これを「得られる一時的な快楽」という。いろんなコレクションを楽しんでいる人がいる。記念切手や記念硬貨を集めている人もいる。世界旅行にはまっている人もいる。一つの目標を達成するとさらに新しい欲望がわいてくる。

もう、このへんでやめておこうということが出来ない人。僕も人のことは批判できない。昔アマチュア無線に凝って次から次へと買いあさったことがあった。別に人さまに迷惑かけていなければよいとは言うものの間接的には迷惑をかけたかもしれない。

ものにはまってしまうと、一途に自分の行為が正当化されてしまう。パチンコに懲りだし一家破滅になるような悲惨なことになった人も知っている。本人は自分だけの趣味だったかも知れないが家族に多大の迷惑をかけてハッと我に気づいたときは借金がふくれあがっていた。

ものにはまってしまうとどうしても冷静になってわれに返ることができなくなるものです。中途半端ですませない人、徹底する人は周囲の忠告なんかに耳を傾ける余裕がなくなるものです。このブログだってそうです。インターネットにはまっている人もいます。いつやめようかと思う人はまだいいほうで、少しも自分をふりかえることが出来ない人、熱中する人もいます。でも万事、腹八分がよいのです。深入りは気をつけたほうがよい。

適当に足を洗う。何事も徹底しないこと、中庸を行くことも大切だと思う。でも、こればかりは人の忠告なんか雑音としか受け取らない人もいる。なによりも自分自身で気づくしかないのです。僕も6年3ヶ月もの間、パソコンクラブのオーナーとして活動してきたはずだった。今になって思うとあの熱血漢は何だったのかと思う。夢中になれることはいい反面、静かに我に返ることも大事です。中途半端でもよい。勇退する勇気ももちたい。

がむしゃらに凝っているときはわからなかったことがある。冷静になって考えると、ずいぶんと人さまにも迷惑なことをしてきたと思うかも知れない。今からでも遅くないはずだ。このブログもこの辺で終わる潮時と思う。長く続けることが害になることもある。新しい気分で他にできることをやってみたくなった。気分転換にもなる。今がチャンスだ。もうちょっとやりたいと思ったら反対のことを考えよう。

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三輪が岸部四郎を諭す

5時36分の気温は6.8度で湿度は68%だった。ラジオから「星影のバラード」や「冬のひまわり」、あのころのフォークが聴きたいではチェリッシュの「決心」が聴こえていた。そしてラジオ体操は36名が参加していた。

昨夜、オーラの泉を見ていた。三輪が岸部に「あなたは自分の吐いたガスを自分で吸い込んでいる」「学校のように一日の計画を立てて自分で自立しなさい。あなたは亡くなった奥さんの写真をみて愚痴ばかり言っている」と岸部に渇を入れていた。「人間はいろんな人生を楽しむ権利がある。みんな苦しみを乗り越えて生活しているのです」と岸部に「耳の痛い言葉こそありがたいと思わなくちゃいけない」と諭した。

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いろいろ悩んでいる人へ

瀬戸内寂聴さんのお経の本を読んでいたらこんなことが書いてあった。古いお経のダマンバタに「愚かな者を道づれとするな 独りで行くほうがよい 独りで歩め」とあるそうです。人生も同じように群をなしてはせずに、独りで孤独に耐えながら歩めと説いている。僕の今の心境にも似ている。

寂庵さんはこの本をどこへでも持ち運びいつでも気軽に開いて読んでほしいという。疲れた時、さびしい時、心に屈託をかかえている時、孤独で泣きたい時、あるいは幸福感で心が満ち足りて思わず誰かに話しかけたいような時、こっそりとこの本をひらいてみてほしいと言っている。

寂庵さんの「美しいお経」という本の中にこうした言葉がいっぱい書いてある。世の中にはいろいろと悩んでいる人もいるはずです。自殺者が年間3万人もいるそうですが、もしも悩んでいたら、ウソと思ってこの本を読んでみたらどうでしょうか。きっと心がおだやかになることでしょう。

どのページにも短い美しいお経や詩歌の言葉がささやきかけてくれるのです。ほんとうに短い言葉を声に出してくり返し口ずさむだけで心がおだやかになってきます。人間は生きているかぎり、この世では苦しさに出合うものです。辛いこと、いやなこと、腹の立つことにあったらひたすら耐え忍べという。

法句経184番に「耐え忍ぶことこそ 最上の行、苦しさに耐え忍ぶこそ この上なき涅槃なり」とある。そしてお釈迦さんは、この世は苦だらけとはっきりおっしゃっています。自殺などを考えてはいけない。どんなことがあっても耐えてほしいと思う。

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95歳に学ぶ僕なりの視点

あの日野原さんの「95歳からの勇気ある生き方」という本を読んでみた。僕には色々と反省点もあります。先ず早起きについて先生は早起きは三文の得で早起きの習慣はお金では評価できない価値があると言われる。そして早朝幹部会を開いていたことでサリン事件の時に対応できた良い例を述べておられる。おっしゃる通りで僕は今まで早起きだけは先生の言葉を実践してきた。でもトシとれば勇気ある朝寝もいいのではないかと思うのです。

先生は粗食で上手に年とれと言われている。肥満は健康上よくないことはわかる。古くから腹八分目と言われてきたが先生はさらに腹七分目にした生活をされている。反対に僕は腹いっぱい食べている。やはり一日の摂取カロリーを1300~1400キロカロリー程度に制限すべきと思う。このことは大学教授している息子も腹6分にしたらどうかと言ったことがある。でもこれは僕にとっては至難のことです。

年をとったらさっぱりした外見やセンスのよい衣服を身につけるように努力すること。つまりよい身だしなみをすることを先生は力説している。老人でも顔の形成手術をする人がいるらしいが僕はここまですることもないと思う。やはり身だしなみはトシとればトシとるほどに気をつけたほうがよいと思う。

意外と思ったことは日野原先生がプロ野球ファンだったことです。先生は山口県生まれの関西育ちで阪神フアンだった。ところがあることをきっかけで巨人ファンになった。それは巨人の内野手岡崎郁君の仲人をしたことが理由だった。私も長嶋邸や川上、王、原、篠塚などの邸宅を見てまわったり多摩川グランドでの練習風景を見たりしているうちに巨人軍フアンになってしまった。

先生が関西学院が母校だったということは知らなかった。関学は西宮の甲東園にキャンパスがある。私が甲東園に住んでいたころは毎朝の散歩コースがこの関学近辺でした。先生は関学の思い出を書いているが私にとっては関学はクリスチャンの学校で関関同立、どこも似たり寄ったりという偏差値で評価している。

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公園で首吊り自殺

今朝はいつもより20分ほど遅れて公園の気象観測所前に着いた。4時50分の気温は21.3度で湿度は96%でした。風速1.3mです。晴天ですが周囲はまだ薄暗い。気象観測所の前は公園のライオン像広場です。ここ南部丘陵公園では毎朝6時30分からラジオ体操をしている。この広場には桜の木があって夏場は格好の木陰です。今朝も40名ほどが集まって木陰で体操をした。

そして今朝の暗い時間帯にこの桜の木で首吊り自殺があった。それを警察に通告したのはSさんだった。Sさんは毎朝4時過ぎに、この公園の一角で能楽の練習をしている。終わってからラジオ体操して帰る。Sさんが第一発見者ということで何をしにこんな早朝に来ていたのか持ち物まで調べられたようです。自殺したのは若い女性でした。私はこのことをSさんから聞いてびっくりした。ちょうど自分が気温を見にきたときに、すぐそばでこの女性は死んだのかもしれない。桜の木のそばまで行き思わず合掌した。

日本全国で年間3万人の自殺者がいるという現世です。この若い女性の身に何の悩みがあったのか。さて、今朝もラジオ聴きながらいつものコースで歩いた。帰宅すると万歩計は14.567を指していた。ラジオからトワ・エ・モアの「あの素晴らしい愛をもう一度」やBAND FOR SANKA の「笑ってみせてくれ」の曲が流れていた。

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バスジャック事件に思う

愛知県の東名高速道路で16日発生したバスジャック事件で、県警に身柄を確保された男は山口県宇部市の中学2年の少年(14)と分かった。少年は15日未明に家出し、家族が山口県警宇部署に家出人捜索願を出していた。愛知県警は16日、少年を監禁と銃刀法違反容疑で現行犯逮捕、少年は調べに「親にしかられ、嫌がらせしてやろうと思った」と供述しているという。

愛知県の東名高速上り線で起きたバスジャック事件で、監禁などの現行犯で逮捕された山口県宇部市の市立中学2年の少年は、愛知県警岡崎署の調べに「家族をめちゃくちゃにしたかった」などと話していることが分かった 少年は男女交際のことで両親ともめていたといい、さらに警察は動機について少年から詳しく事情を聴き事件の全容解明にあたるという。わが家にもこの少年と同じ中2の孫がいる。孫はおとなしくとてもこのような事件を起こすことは考えられないが心配になってきた。

親が叱るのはよくわかるがもっと本人に暖かく接してしてやれなかったのか? 「苦しいときにそばにいるのは家族だよ」と抱きしめてやらなかったのか! 叱るばかりが能じゃないと思う。親は子どもの行動をそっとあたたかく見守ってやってほしかった。聞くところによると学級委員もする子じゃないか! とても残念でならない。

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生きにくい世になった

ラジオ深夜便の「にっぽんの歌こころの歌」を聞きながら、うつらうつらと寝ていた。
古い昭和46年の流行歌です。由紀さおりの歌で、生き甲斐、小林旭の歌で、ついてくるかい、ざんげの値打ちもない水色の恋、わたしの城下町、傷だらけの人生、さらば恋人など。5時ごろから40分ほどいつもと違うコースを歩く。雨がざぁーと降ってきて帰宅。ラジオ体操は一人、家ですました。

さて、07年の自殺者は3万3093人で3万人台が10年連続となった。過労や仕事の悩みからうつ病になり死を選ぶ人が絶えないそうだ。早朝から深夜まで働かされて追い詰められた人もいる。悩みを家族に打ち明けられず相談する人もなく自殺した人もいることだろう。働き盛りの人を死に追いやったのは誰か? 過剰な労働を規制しなかった職場や国にも責任があるだろう。生きにくい世になったものだ。国はこうした悩める人たちへの対策をはやくこうじてほしいものだ。

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新年に想う

謹賀新年。おめでとうと、年々歳々同じことをくり返しているようだが、歳々年々人同じかにずで、年の改まるに当たって過去を回顧し将来を展望するについても、人それぞれにちがった思いがあるであろう。わけても、今日のようにあらゆるものが激しく動き大きく揺れている世の中にあっては、新春に当たってめいめいのいだく希望や期待や予想は、各自の主観的な立場とその置かれている環境などによってそれぞれ大きくちがっているはずである。そして人間は、勝手なもので、一年の計は元旦にあるなどといって、その念願するところが現実にも達成されるかのように思いがちである。ところが、世の中には人間の知恵や才覚ではどうにもならぬものがある。そのいちばんはっきりしているものは、流れてやまない時間である。現に新年を迎えたというているのだが、この時間が流れてゆくことは、どんな権力や財力をもってしても押しとどめることはできない。時がたつということは、まことに不思議なことで、これほど厳粛な事実はあるまい。次に運命にも人間はどうすることもできないものがある。人災や天災にあうのは、不運だとあきらめねばならぬ場合が多い。また、若くして死んだり長生きができたりする寿命はどうすることもできない。生者必滅の理は永遠にくずれることはない。時と運と命はいくら科学が進歩し技術が発達してもいかんともし難いものであるが、人間は明暗、喜怒哀楽さまざまな営みをしながら生きていく。新年を迎えて、きょうのこの日を生きていることに感謝したい。

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一怒一老

今朝は5時半から散歩にでた。ラジオからひばり児童合唱団の「若葉」が流れていた。いつの間にか、公園もすっかり若葉になりました。一年で一番いい季節です。「目に青葉、山ホトトギス初かつお」とか。かつおも美味しいがハチクを数本採ってきた。ハチクご飯がこれまた美味しいです。今日もピュアでローヤルゼリーの選び方食べ方を聞いてきた。そして「一笑一若」「一怒一老」の話もしていた。怒っていると老ける、笑っていたほうがよいが日々そうもいかない場合がある。努めて穏やかな日々を過ごしたいものです。

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茶摘

今朝も5時から公園へと歩いた。5時20分の気温は15.1度で湿度は96%になっていた。そして5時半から小雨になってきた。ラジオからNHK児童合唱団の「茶摘」の歌が聞こえてきた。明日はもう八十八夜です。そして 一青 窈さんの「ハナミズキ」という曲を聴きながら広い丘陵公園を傘さして歩いた。

夏も近づく八十八夜、
野にも山にも若葉が茂る。
「あれに見えるは茶摘じゃないか。
あかねだすきに菅(すげ)の笠。

日和(ひより)つづきの今日此頃(このごろ)を、
心のどかに摘みつつ歌う。
「摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ。
摘まにゃ日本の茶にならぬ。

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鯉のぼり

今朝も5時からラジオ聴きながら公園散歩した。今日は図書館記念日とか。5時20分の気温は7.6度でした。季節の童謡「みどりのそよ風」や「鯉のぼり」が聞えていた。しばらく歩いていると「東京タワー のオカンとボクと、時々、オトン」の主題歌となっているコブクロの「蕾(つぼみ)」や近藤よしひろの「若葉のころ」が聞えてきた。ラジオ体操は45名ほどきていた。ラジオは不安症とどう立ち向かうか?というテーマで医師が解説していた。この季節はいろんなパニック障害や社会不安障害に悩んでいる人も結構いるようです。写真は私の散歩道です。
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諸行無常

Kuroda_2202jpgs この世の中には不公平なことが多く、また差別も少なくないけれども、歳月がたって年をとるということほど、公平で無差別なものはあるまい。これだけは、どんな権力や金力をもってしてもどうすることもできない。平清盛は、西山に落ちていく太陽を扇で招いて、落日を呼びとめようとしたという。でもそんなことはできるはずはない。だからこそ、平家物語で諸行無常の響のなかで盛者必衰のことわりをうたわれたのである。人生は一度きりです。どうせ大したことない人生ですが、さりげないことでも投げやりに毎日を過ごすことなく小さなことでも幸せをみつけて生きたいと思う。先日も私と同じ年の人が急逝された。私も76まで長生きしたのだから、そろそろお迎えが来る年になってしまった。死は突然やって来ることが多い。まさに諸行無常です。

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色即是空

Photo 『般若心経』の中に出てくる「色即是空、空即是色」とはどういうことでしょうか?その意味は難解でよく分かりません。「色」とは目に見えている森羅万象、つまり我々の周りにあるすべてのものごとで「空」とは変化ということです。在るものは変わっていくのです。つまり「無常」ということです。ものごとは必ず変化していく、変化してしまうということなのです。つまり、人間は誰でも老いて、そして死ぬのです。つい最近、ラジオ体操に来ていた76歳の男性が死亡した。毎年彼は春の彼岸ごろには来ていたので、もう暖かくなったら又、会えると思っていた矢先の訃報でした。こうやって仲間が一人また一人と死んでいく年代になった。色即是空というのは、私たちを含め目に見えるものはみな、もとは同じ「空」という世界から生まれたのだということです。しかし、それを理解しただけでは片手落ちです。現実には、ごぼうとニンジンは違うし、桜の花とバラの花は違う。猿と人間は違うし、人間も一人一人違っています。それをすべて同じだと言ったら区別がつきませんし、私のものはあなたのもの、あなたのものは私のもの、男も女も同じと言っていたら社会はなりたちません。ですから後半の空即是色というのは、「空」は必ず「色」というそれぞれ個別の様相を取ってこの世に表れる。もとは同じだが、現実に現れたものには、それぞれ区別がある。それを忘れないようにしなさいという意味もあります。

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五木寛之の人生指南

Kuroda_2712jpgs NHKの深夜放送で何度も聴いた作家の五木寛之氏がスタメンスペシャル対談五木寛之がアガワに人生指南”50代からの生き方”を見た。五木さんは定期的な生活をしているからいざというときに混乱すると説く。そして遊行期(75歳~100歳)は自らの死に方を考える時期だという。阿川佐和子さんは有名な阿川弘之氏の娘でTVタックルでもおなじみです。

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