田丸公美子シモネッタのつぶやき

music5時の気温は3度、湿度は94%でした。満月で公園は明るかった。そして6時25分では気温2度になった。ラジオ体操は26名が参加していた。ラジオからNHK東京放送児童合唱団の「早春賦」やスガシカオの「夜空ノムコウ」が流れていた。

yacht田丸公美子の「目からハム」という本を自動車文庫で借りて読んでみた。このタイトルがなんのことかさっぱりわからないまま僕はJA2KPRというハムだから読む気になった。読んでいくうちにその意味がわかった。

sun本に著者のプロフィールに翻訳業で東京外国語大学イタリア語学科卒とありシモネッタのイタリア人間喜劇という副タイトルも僕の気をひいた。なんということか。僕はシモネタがほとんど興味がない。

book著者に聞きたい」で「目からハム」とは、イタリア語で「目からうろこが落ちる」を意味するそうだ。本には自身が体験したさまざまなエピソードがユーモアたっぷりにつづられている。

pen「目からハム」についての解説はどういう意味か序章に書かれていた。本には「開幕の時間になりました。さあお楽しみください)と書かれている。何か愉快な人のようだ。僕はどんどん先を読み耽った。

mobaqイタリア人も十人十色。酒とタバコと女が人生訓。イタリア人は一度限りの人生を楽しむ達人である。吝嗇(りんしょく)な人。吝嗇、それは淫蕩、暴食、怠惰、傲慢、嫉妬、憤怒と並ぶキリスト教の七つの大罪の一つとある。

kissmarkイタリア人は団体行動が下手で団体旅行に行くと出発時間は守らないしかわいい女性がいると集合時間を忘れてナンパする。しかし一緒にいてこんなに楽しい人たちもいない。

tulipこの本はシモネタがあちらこちらに散見する。彼女らしいといえばそれまでである。僕はシモネタは興味がない。でもこの本は興味深々であちらこちらにいいことが書いてあった。この本に出会ってよかった。

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ヤフー波乱万丈物語

「なぜYahoo!は最強のブランドなのか」というカレン・エンジェルの著書を読んでいる。この本のはじめに「小さな机の前に座り、何百冊もの書籍と格闘しながら長い論文を書くという、恐ろしく骨の折れる作業を目の前にすると、人間というものは、ついほかのことに注意が奪われてしまうものだ」と書かれていた。これはヤフーの波乱万丈物語でもある。

台湾出身のジェリー・ヤンとアメリカ南部出身のデビット・ファイロは、スタンフォード大学院の電子工学科で博士課程を修了しょうとしていた矢先、ふとしたものに注意を奪われてしまった。彼らが夢中になったのは、インターネットである。これがやがて世界中に広く知れわたって大成功を収めることになる「ヤフー」の始まりだった。

2人は大学キャンパス内に設置されたトレイラー(移動式住宅)から会社を立ち上げ、その小さな会社をインターネットのトップ企業にまで大きくして巨万の富を得たのです。このように博士論文も仕上げる時間もない「落ちこぼれの大学院生」から始まり2人の仕事場はトレレイラーの中でした。

やがてネットバブルが崩壊し彼らは一転して世間から非難の集中砲火を浴びるようになる。傲慢な態度、内輪もめ、そしてマネジメントの失策が優良ネット企業ヤフーを狂わせたと批判されるようになる。ヤフーは現在、ふたたび従来の人気を取り戻すべく努力しているのです。これからも夢と希望をもたらしてくれることを期待したいものである。

この本の中身は第1章1994発端、第2章1995共感、第3章1996公開、第4章1997躍進、第5章1998伝道、第6章1996-1998戦争、第7章1999絶頂、第8章2000崩壊、第9章2001彷徨、第10章2001~未来となっている。読んでいるとだんだん興味がわいてくる。落ちこぼれの大学院生から始まったヤフーは今、必死の巻き返しを図っている。

台湾出身のヤンは父を亡くしたのをきっかけに英語教師の母に連れられて8才のときに弟とともにカリフォルニア州サンノセ゛に移住している。高校では生徒会長だった。カリフォルニア大学バークレー校に合格したがたまたま近所にあったスタンフオード大学の電子工学に入学したという。

僕の長男が1988年から1990年までカリフォルニア大学バークレー校で客員研究員としてLSICADの研究に携わっていた。今も毎月、アメリカなど世界の学会に参加している。スタンフオード大学での学会に参加した息子からお土産にこの大学のマークとORGANIZED1891の文字が入ったパソコンマットをもらったことがあった。今もそのマットを使っている。この大学はサンフランシスコから60km南東にある有名私大です。

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大人の時間はなぜ短いのか

「大人の時間はなぜ短いのか」という本がでている。タイトルからして僕は読みたくなったのです。年をとると、なぜ時の経つのが早いのか。この本の著者の年齢はいくつかなのか。そしてどんな経歴の人か知りたかった。僕たちが中学生のころは激しい戦争が続きやがて男は兵隊にとられ戦死することしか考えられなかった時代でした。希望も何もなかったのです。

僕は戦後の混乱期に満足な就職口もなくやっとの思いでサラリーマンになった。給料も少なく30歳ころまでは早く定年になって隠居さんになってみたいと思っていた。苦労の毎日でゆっくり休日を楽しむこともできなかった。日曜日も仕事でした。だから、あのころは早くトシとってゆっくりしたいものだと思っていたのです。

77歳の今になると反対に一年がすごく早くたってしまうのです。著者の一川 誠さんは1965年宮崎県生まれとある。大阪市立大学文学研究科博士課程を出て千葉大学文学部行動科学科准教授とある。先生は文学博士でこんなことを実験研究している専門家だった。そして弱冠43歳です。こんな若い先生が後期高齢者の心理までおわかりだろうか。失礼しました。

楽しい時間はあっという間に過ぎるのに、退屈な会議は、どうして終わらないのか。時間をめぐる身近な不思議を読み解き、上手に付き合うヒントも伝授! 大人になると、子どもの頃より、なぜ1日や1年が短く感じられるのだろうか? あとは本書を読めと言わんばかり。事例や図版を挙げながら分かりやすく書いてあった。

忙しい現代社会で、時間とうまく付き合う方法も伝授するとある。いやいやますます買って読みたくなるものです。それで書店でぺらぺらと立ち読みしてきた。僕は後期高齢者です。一日一日がとても大事になってきた。余命いくばくもないのだから僕にはのんびりしている時間もない。


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白石一文の作品を読んでみた

386211 作家、白石一文氏の新刊「この世の全部を敵に回して」という単行本を読んでみた。この人は私の長男と同じ年頃で妙に親近感がわいてきた。手記で私という人間は、生まれてこなくてもちっとも構わなかったと書かれている。いまどきの人間失格を描いていると評する人もいるが僕にはそのことがよく理解できないのです。

白石氏についてプロフィールを見ると彼は58年に福岡市に生まれ、早大の政経をでて出版社に入社し社員時代に「一瞬の光」でデビューしたという。その後「どれくらいの愛情」が直木賞候補になったとか。 これはすごい作家だと思うがこの本を読んでいるうちに僕の頭は錯乱してしまった。なんべんも読み返してみたのです。

人間は、どこから来て、どこに向かうのか。生き甲斐とはどんなことかと考えされられる作文と紹介されいた。しかし妻も子も愛さないと言い切る53歳の男の手記のかたちで綴ったこの作品は正直、私のような凡人では理解できないのです。白石一文氏はこの文章を今の若い人々に読ませたいと思ったと小学館の編集者にK氏の手記を持ち込んだいきさつを書いていた。

そうだったのか?僕のような年寄りが読んでも錯乱するだけだ。そしてウツというのは僕にとってはある種の若返りなのであると彼は書いている。読んでいるうちにウツ病と闘ったことが理解できるようになった。「私が最も恐れるのは突然の事故死である。死ぬための準備もなく突発的に死なされるのだけはごめんこうむりたいと願っている」とある。私は、私たちの人生を語るのではなく、その始まりと終わりについて語りたいとも書いている。読んでいるうちに興味津々もっと先を読みたくなってきたのです。

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苦難の乗り越え方

僕はあの「オーラーの泉」で有名な江原啓之氏の著書「苦難の乗り越え方」を読んでいる。彼は1964年生まれだから僕より33才も若いが輝いて見え考え方に敬服です。苦難をどうとらえるか。この世のすべては因、縁、果の法則で成り立っている。信じていいものは自分だけと彼はいう。失敗や災難も自然に受け止めて人生を楽しむことですと書かれている。

人生讃歌です。何においても楽しむということがすごく大事である。 失敗も成功のもと、人生は失う、得るということの繰り返しだから、それを楽しんで受け止めることが大事である。何があっても「ケ・セラ・セラ」になること。艱難辛苦が降ってきたときに「つらい、苦しい」と思うな、これは自分自身へのプレゼントと思えと説いている。

絶対にしてはいけないことは人と比べることです。これほど時間のムダ、無意味なことはない。自分にないものを人が持っているとうらやましく思わないこと。隣の芝生は青く見えるものです。人と比べたらダメです。よく家柄をねたんだりするが名家に生まれたら生まれたで苦しみもある。この人の本をこうして読んでみると、僕はいい本にであったものだと思った。

病気、お金の悩み、トラブル、会社がつまらない、楽しい仕事がない、こうした執着を捨てること。これが苦難の乗り越え方ですと結んでいる。あの「ホームレス中学生」の本が売れて印税が2億円入ったという田村裕(麒麟)の自叙伝の話を聞いたことがある。おりしも夕方のテレビが「自殺者10年連続3万人」というタイトルで報じていた。東尋坊で飛び降りて自らの命を絶つ人が毎年20人もいるという。元警官が自殺しょうとする人を保護説得していた。

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自分だけの秘密の部屋

ラジオ深夜便で湖畔の宿、おしゃれ娘、一杯のコーヒーから、などの懐かしい歌を聴きながら寝ていた。蒸暑くて扇風機をかけていた。4時15分から暗い公園へとでかける。4時35分の気温は21.9度で湿度は98%でした。今日は白露です。白露とは「野には薄の穂が顔を出し、秋の趣がひとしお感じられる頃。朝夕の心地よい涼風に、幾分の肌寒さを感じさせる冷風が混じり始める」と書かれているが朝から残暑厳しい。それでも、いつものコースをラジオを聴きながら歩いた。

このごろ無用なものは捨てたくなる。老いてからはシンプルにしたいのである。机に座ってさあ読書しょうとするが無用なものが周囲においてあると気が散る。集中して本を読みたいがここではテレビの音声がやかましい。妻はいつもテレビを見ている。テレビから離れた書斎がほしくなる。狭くてもよい「自分だけの秘密の部屋」があったらよいと思うが、そんな贅沢はわが家では許されない。

僕は原則として本を買わないことにしている。買うといつでも読めるからつい積んどくことになる。それより市の移動図書館をせいいっぱい利用します。返却期限がせまってくるとあわてて本を読むものです。1ヶ月たっても読めなかったら更に1ヶ月借りる。僕には本のコレクター趣味はない。本当に手元においておきたい本はたったの数冊です。

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日々の過ごし方

4時28分の気温は19.7度で湿度は96%でした。ラジオからチャゲ&飛鳥の「太陽と埃の中で」の曲が流れていた。今朝もいつものコースを歩く。そしてラジオ体操をしてOさんと話しながら帰宅すると15.500歩になっていた。朝食がとても美味しい。日野原重明さんという96歳の医者が書いた本「いま伝えたい大切なこと」を読んだ。感心したのは、この医者の日々の「時」の過ごし方である。

「眠るのは夜中の2時が普通です」「この原稿を書いている前日はあれこれやることが多かったので、午前3時半に床に就きました。そして、今朝は6時半には起きて、千葉の成田の近くまで往診に行く現状です」と書かれている。私なんか昨夜は9時半に就寝。今朝は4時起床でした。夜は眠くてたまらないので早く就寝する。日野原先生は1911年生まれで私は1931年生まれ。私より20歳も年上である。

先生はさまざまの仕事をしていて「時間に追われている」方かと思ったが「私はたしかに忙しいが自分はひとつひとつの仕事を楽しんでいる」とおっしゃる。「時間に追われるのではなく、時間の間を泳いでいるという感覚です。日々ゆっくりと、時には少し、急ぎながら、自分のペースで泳いでいます」と書いておられる。

そして孔子の格言「時間の歩みは三重です。ためらいながちに、未来はこちらにやってきます。矢のように早く、現在は飛び去り、永遠に静かに、過去は立ち止まっています」次いでゲーテの格言、「星のごとく 急がず、休まず、人みなおのれの 持ち場を回れ!」「またたく間に過ぎていく時をとらえつつ、自己をみつめて流されぬように」と書かれている。

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ベストセラー症候群

テレビが出版不況と本のランキングについてやっていた。「声に出して読みたい日本語」などのベストセラーを連発した出版社の草思社が、今年の年明け早々に破たんした。今や「不況に強い」と言われた出版業界の神話が崩壊しつつあるようだ。

あの草思社がなぜ倒産したのか?  ベストセラーに頼りすぎたからだった。

回転資金に困り始めた同社は「苦しくなった分を補おうと、ベストセラーを狙ってさらに発行点数、発行部数を増やす」というベストセラー症候群に陥った。結果的には、部数を増やした分、すべてが返品率の増加にはね返る形になったという。返品率の危険水域はおよそ4割と言われるが、同社は4年連続で4割を上回ったといわれている。

第5回「2008年本屋大賞」の発表会が4月8日に行われ、 大賞作品に 『ゴールデンスランバー』 伊坂幸太郎著(新潮社刊)が決定した。2007年の大賞は佐藤多佳子の『一瞬の風になれ』だった。ところが2位以下はあまり知られていない。たとえば2008年4位の吉田修の「悪人」など知っている人は少ないといわれている。

ランキング依存が止まらないという。本屋の売り上げランキングはその店の売り上げに過ぎない。そして最近は中小書店数が減ってきた。本を買う人が減ってきている。年に1冊から3冊しか買わないようになった。本屋大賞に選ばれた「ゴールデンスランバー」が果たしてよい本がどうかわからないが、とにかく大賞になった本だから読んでみようという人もいるようだ。ベストセラーになったものが必ずしも自分のためになるとはかぎらない。

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ひとりの老後はこわくない

今朝5時21分の気温は7度で湿度は89でした。そして6時25分では気温8.8度になっていた。 ラジオ体操は42名が来ていた。 真剣に体操しているものもいれば話しながらの人もいる。笑い声もする。みんなと一緒に話しながらも楽しいしストレス解消法かもしれない。 午後はホームページ作成講座に3時間、13名ほどでわいわいしながら遊ぶ。今朝はラジオからNHK東京放送児童合唱団の「おぼろ月夜」や風の歌で「朝もやの渚」という曲が流れていた。 著者に会いたいでは「ひとりの老後は」はこわくない、の本をだした松原淳子(60才)の話を聞きながら公園散歩をした。21ページには男の人はどうしたらよいでしょうか? について書かれているらしい。

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日本人の背中

5時17分の気温は5.9~5.8度で湿度は73%でした。ラジオから「桜咲く」や「桜のころ」という曲が流れていた。著者に会いたいでは「日本人の背中」という本の著者、井形慶子だった。現在世界90か国で読まれる「ひらがなタイムズ」の元編集長であり、イギリスをテーマにしたベストセラーを世に送り出してきた著者が、外国人から聞いた日本人の知らない日本人の魅力――「日本人の背中」について語っていた。

「あなたにはわからないだろうが、日本人は世界中の人々と比べて本当に特殊で私たちには理解できないことが多すぎる」という多国籍企業で働く欧米人のビジネスマンから、無銭旅行で地球を一周したというバックパッカーまで、著者は出会った外国人にこのように言われ続けたそうです。そんなことが書かれている本のようだ。

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日本人の好きなもの

5時27分の気温は5.3度で湿度は83%でした。6時過ぎから雨になり傘さして歩く。ラジオから「波浮の港」「早春賦」狩人の「あずさ2号」森山良子の「夢の朝」という曲が流れていた。今朝は例のスズキアサコという北海道出身のアナ。この人は歌手、曲名を一度しか言わないから公園を歩きながら聞いていると、つい聞き漏らすことがある。この鈴木アナが「白鳥の北帰行」と言うべきところで又、間違った。すぐに訂正していたが以前にもこうした失敗があった。

続いてラジオで日本人の好きなもの―データで読む嗜好と価値観 (生活人新書 242) (単行本) の著者に会いたいとNHK放送文化研究所の山田さんの話を聞いていた。日本人の好きなもの54項目の調査で2394人から回答があり食べ物では1位は寿司、好きなスポーツ選手1位は浅田真央。言葉の1位は「ありがとう」。余暇ではテレビが1位だったという。

 検索してみると「日本人の好きなもの データで読む嗜好と価値観」が書いてあった。

好きな食べ物、動物、自然、スポーツ、余暇の過ごし方、季節、言葉、音楽、色、数字、・・・・。「日本人の好きなもの」を、NHK放送文化研究所が全国300地点で大調査。男女別、年層別、地域別などで詳細に分析された嗜好の傾向から、現代日本人の持つ価値観や生活の実態が明らかになる。

「日本人の好きなもの調査」概要
「日本人の好きなもの調査」質問一覧

第Ⅰ章  テーマ別にみる「日本人の好きなもの」

すし、刺身、ビールにいちご~食~
スペシャルコラム①「日本人の好きな料理」河村明子
犬好きの日本人、桜好きの日本人~生き物~
コラム「若者は夜が好き」
見るのはプロ野球、するのはボウリング~スポーツ~
コラム「数字でみるプロ野球とプロサッカー」
余暇はテレビ、旅は温泉~余暇、旅~
スペシャルコラム②
「より賢くわがままに!日本人の旅」中村直美
テレビ番組、音楽は年齢で大きな差~メディア~
コラム「永遠のフーテンの寅さん」
北海道、富士山、四万十川、そして信長~地理、歴史~
コラム「理数離れの気になる兆候」
ラッキーセブン、白色が好き~数字、色・・・・・・~
コラム「好きな家事は愚問?」
「ありがとう」と「心」をこめて~言葉、漢字~
スペシャルコラム③
「<好きな言葉>から日本人が見えてくる」清水義範

第Ⅱ章 データで読む日本人の姿
1 花鳥風月よりも食
2 好きなものの「頂点」は料理、飲料
3 女性は多様な「美」が好き
4 「巨人・大鵬・卵焼き」時代の終焉
5 どこに向かう「日本人の好きなもの」

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そうか、もう君はいないのか

ラジオ深夜便、にっぽんの歌こころの歌、真夜中の夢の競演、アイ・ジョージVS坂本スミの歌を聴いているうちに心地よく寝てしまった。「硝子のジョニー」や「たそがれの御堂筋」が耳に入ってきた。

5時から散歩にでる。5時16分の気温は氷点下1.8度で湿度は83%でした。杉並児童合唱団の「」や小田正和の「だいじょうぶ」という曲が流れていた。「そうか、もう君はいないのか」の著者、城山三郎は79才でなくなった。天真爛漫な面影、声にならぬ悲しみ。凜として純真な愛に満ちた、妻との半生記が書かれているという。

最愛の妻・容子が逝った……。特攻隊から復員した学生だった頃の奇跡的な出会い、文壇デビュー当時の秘話、取材旅行の数々、甦る人生の日々。そして衝撃のガン告知から、二人だけの最期の時間。生涯、明るさを失わなかった妻よ、君は天から舞い降りた妖精だった……。昨春(2007年3月22日)、少年のような微笑を浮かべて逝った著者が遺した感涙の手記。

城山三郎の次女、井上のり子さんがインタビューに応えていた。先に亡くなった妻、容子とのことを書いた『そうか、もう君はいないのか』は、未完成であった。原稿の順番もバラバラで、欠落している箇所もあったというものを、編集者がまとめ、タイトルを付け、小説新潮で発表し、単行本として出版されるのだそうだ。

『そうか、もう君はいないのか』というタイトルがとても気に入った。是非、この本を読んでみたいものだ。

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